焼き芋とジャンバー




空は白かった。
店のロゴの入った分厚い赤いジャンバーに、ぐるぐる巻きマフラー、それでも少し震えながら田所は立っていた。
まだ、終わんねえかな・・・。
紙袋が冷えてしまわないように、しっかりと抱き締める。
やがて、先刻からずっと素振りを続けていた男が、汗を拭きながらこちらを見上げた。
「あれえ、田所先輩じゃないですか。」
おうよ、と手を振ると、倉橋は急ぐでなく、ゆっくりと土手を上ってきた。
「どうしたんスか?」
「いやあ、試験期間だし部長は厳しいし、練習時間は足りねえしで、オメェら煮詰まってねえかなあって、思ってな。うろうろしてたら、素振りしてるのを見かけたもんでな」
「田所さん・・・仕事ヒマなんですか?」
「うっせえな。ほれ、差し入れだ。」
差し出された紙袋の匂いに、倉橋は妙な顔をした。
「・・・焼き芋、ですか。」
「先輩からもらうってのもいいもんだろ?これでチャラだな。」
田所はニヤリと笑う。つられて、倉橋も口元を緩めた。
       (昔、イモ買いに行かされて倉橋が野球部を辞めたこと。)
焼き芋はまだ暖かかったが、田所は鼻水をすすった。
気遣って倉橋は尋ねる。
「声かけてくれれば、すぐ上がってきましたよ」
「へっ。満足するまでやらなきゃ気がすまねえクチだろうが、オメェもよ。」
「まだそこまで切羽詰まってませんよ。試合前の谷口じゃあるまいし」
「冬のさなかにそんだけ汗かいてりゃ充分だ。」
そうですかね・・?と頭をかく倉橋に、田所は大きく息をついた。
全く。昨日の谷口と一緒だよ。こいつら。
素振りと勉強とどっちが気分転換だか分かりゃしないと愚痴っていた谷口のお袋さんを思い出す。横で谷口は気まずそうに「でも、ほら、なまった体を取り戻すより、維持する方が楽なんです」と言い訳してたっけな。

「まあ、練習時間削られてるオメェらの気持ちも分からんでもないがな。ほれ、食え食え。」
「じゃ、遠慮なく、頂きます」「おう。俺も食うぞ。」
大男が2人して石段に腰掛けて、がぶり、とかじりつく。甘い、ほくほくじゃねーか。
旨そうに唇を舐めた。
暫く黙々と食っていたが。
オメェらも大変だな・・・と田所は呟いた。
俺等の頃よりずっと強くなった野球部。しかし、目指す目標もまた、ずっと高みにある。
「来年はシードだったな。・・・・運がよけりゃ、墨高野球部も甲子園に手が届くんかな・・・」
「・・・運、ですか。」
一瞬、倉橋は険しい目をした。

   耳に残る声。(ツキなんてもんは、自分から呼び込むもんだろうが!)
    初めての、怒声だった。あいつが、本気で、怒っていた。
   めったに感情を荒げない、谷口が。

「・・・運だけじゃ、勝ち残れない。」
「あ、おうよ。そりゃあそうだ。しかし運も実力のうちって言うからな。強けりゃいいんだ、要は。」
「・・・意見が合いますね、田所さん。」
強くなればいい。
ツキ、すら自由に操れるほどに。
いや、そんな不確かなものなどあてにしなくてもいい程に。
もっと、もっと、強く。
もうあいつに2度とあんな言葉を言わせないように。
受ける球の力に、ちゃんと答えられる程に強く。
投げ込まれた力の分よりももっとずっと、点を取ってやれるぐらいに。 

田所は心配そうな顔をした。
「・・倉橋よ、オメェも、上しか見えねえのか?」
「谷口より上に居たいだけですよ。」
「そりゃあ、・・また、大変だな。」
少し、偉そうだったか、と倉橋は思ったが、田所は嬉しそうだ。
「その・・俺はキャッチャーですから。投手には楽させてやりたいですよ。」
「ふん。俺も元はあいつのキャッチャーだからな!よく分かる!」
倉橋は投手の、と言ったのに、田所はそーだよなあ谷口には応えてやりたいよなあと一人納得している。
「その意気だ!なに、次には明善だって倒せるさ、オメェらならな。」
「その前に試験と部長が控えてるんですが・・・」
「そんなもん!死ぬ気で勉強すりゃいいんだろ。日頃の練習に比べりゃ」
言い募ろうとした瞬間、懐かしい音と匂いが鼻先を掠めた。
「・・・屁、でもねえ、ですか」
「・・・スマン!」
焼き芋なんか食うから、と真っ赤になって言い訳する田所に、倉橋は声をたてて笑った。

甘い食べ物のエネルギーが、じんわりと腹にたまってくる。
少しづつ、また先へ行こう。
じゃあな、と立ち去っていく田所の背中は、赤いジャンバーがまるでサンタクロースのようだと倉橋はまた笑った。











田所さんと倉橋。谷口をめぐる、それぞれの視点。
見てるものも見えてるものも同じなのに、立っている位置が違う。
谷口の「たのむぞ」、に応えられる倉橋の立ち位置は、どの辺だろう、と
考えたうちの一つ。


→戻る




inserted by FC2 system